私は自分の人生を生きているのか。

こんにちは、あかとです。

前回の記事では、私が「自分の人生を取り戻したい」と思うようになったことをお話ししました。

今回は、そのきっかけとなった出来事について書きたいと思います。

何も疑わずに歩んできた人生

私は公務員として働き始めてから、自分の人生について深く考えたことはありませんでした。

大きな失敗さえしなければ、安定した身分と収入があり、定年まで勤め、その後はゆっくりと老後を過ごす。

人事異動も「組織にいる以上は当然のこと」と受け入れ、与えられた仕事を覚え、経験を積み、後輩や部下を指導する。

それが当たり前の人生であり、疑問を抱くこともありませんでした。

そんな私が変わり始めたのは、三男が生まれ、40歳を迎えた頃でした。

心も体も限界だった

三男が生まれてしばらくして、妻は育児休暇を終えて職場へ復帰しました。

私も同じ頃、新しい部署へ異動しました。

育休明けの妻に少しでも負担をかけたくない。

そう思い、家事も育児もできる限り取り組みました。

しかし、新しい部署は想像以上に忙しく、気付かないうちに心も体も限界へ近づいていました。

そして、ある朝。

私は仕事へ行けなくなりました。

理解のある上司のおかげで休暇をいただき、精神科を受診しようと考えていました。

布団の中で、胸が押しつぶされるような苦しさと戦っていた時のことです。

部屋の外から、テレビゲームの音と長男、次男の笑い声が聞こえてきました。

まだ幼かった二人は、私がすぐそばにいるのに、一緒に遊ぶこともできず、ゲームをして過ごしていました。

その姿を見た瞬間、胸が締め付けられました。

「私は子どもたちに何をさせているんだ。」

「立ち上がれ。」

何度も自分に言い聞かせました。

結局、私は病院へ行く前に上司へ連絡し、翌日から職場へ戻ることを伝えました。

その夜は一睡もできませんでした。

翌朝は、「仕事をすること」ではなく、「職場までたどり着くこと」だけを目標に家を出ました。

そこから少しずつ心身を整え、なんとか日常生活を送れるようにはなりました。

それでも、以前の自分には戻れませんでした。

私は何のために生きているのか

その頃から、私は考えるようになりました。

仕事、家事、育児。

限られた時間の中で、私が本当に一番大切にしたいものは何なのか。

答えはすぐに出ました。

子どもたちと過ごす時間でした。

そこで私は、妻に「三男が3歳になるまで育児休暇を取りたい」と相談しました。

しかし、その考えは受け入れてもらえませんでした。

今思えば、妻には妻の考えがあったのだと思います。

ただ、この出来事をきっかけに、私の中で何かが大きく変わりました。

私は何のために生きているのか。

私にとっての幸せとは何なのか。

私はこれから、どこへ向かいたいのか。

そんな問いが、頭から離れなくなったのです。

人生の主導権を取り戻したい

生き方について調べる中で、私は「FIRE」という考え方を知りました。

経済的な自由を得て、自分で人生を選択する生き方。

その言葉を知った瞬間、不思議なくらい腑に落ちました。

私が本当に求めていたのは、お金そのものではありません。

自分の意思で時間を使い、大切な人と過ごし、自分で人生を選べること。

つまり、人生の主導権を自分の手に取り戻すことでした。

当初は10年ほどかけて実現する計画でした。

でも、考えれば考えるほど、ある思いが強くなりました。

息子たちは、あっという間に大きくなる。

自由になった時には、もう一緒に遊んでくれないかもしれない。

私が本当に欲しいのは、今、この時間です。

だから私は、できる限り早く自由を手に入れたいと思うようになりました。

今でもあの時勇気を出して育児休暇を取って、幼い息子達と過ごせばよかったと後悔しているからです。

人生は一度きりです。

また「あの時行動しておけばよかった。」と後悔したくありません。

その思いが、今の私を動かす原動力になっています。

次回予告

次回は、私が目指している「自由な未来」についてお話しします。

どんな暮らしを実現したいのか。

なぜ、その未来を本気で目指しているのか。

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